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  手根骨の不安定性

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スポーツ・カイロプラクティック 手根骨の不安定性2017.05.07

手根骨の近位列は遠位列に比べ大きな可動性(不安定性)を持っています。つまり、手根骨近位列は、比較的安定している前腕(橈骨、尺骨)と手根骨遠位列の間に挟まれていることになります。このような運動学的な性質のため、手根骨近位列は不安定性が好発する傾向があります。この傾向は特に圧迫負荷に対して顕著になります(図1)。この圧迫負荷の内的要因は主に筋肉の急激な収縮によるものです。また外的要因としては、転倒時に手を付くことなどが考えられます。

カイロジャーナル88号 (2017.2.19発行)より

図1 手根骨に圧迫負荷を加えることにより、不安定な手根骨近位列にサブラクセーションが好発します(参照;Donald A. Neumann, Kinesiology of the musculoskeletal system: Foundation for Physical Rehabilitation, P184)

 

手根骨の不安定性のパターンには、VISI(Volar intercalated segmental instability)、DISI(Dorsal intercalated segmental instability)、尺側変位(Ulnar translocation)、後方サブラクセーション(Dorsal subluxation)の4種類があります。

  1. VISI(Volar intercalated segmental instability=掌側手根不安定性)
  2. DISI(Dorsal intercalated segmental instability=背側手根不安定性)
  3. 尺側変位(Ulnar translocation)
  4. 後方サブラクセーション(Dorsal subluxation)

1.VISIVolar intercalated segmental instability=掌側手根不安定性)

VISIは月状骨三角骨関節の不安定性が主要因となります。最初に三角骨の不安定性(尺骨に対し)が引き起こされ、それに伴い月状骨の不安定性が誘発されます。月状骨には筋肉の付着部が無いため、手根骨の中でも特に不安定性が好発する部位となっています。また、その安定性は靭帯や周辺にある骨(特に舟状骨)との関係性に大きく影響を受けます。

Volarは掌側や腹側、前側という意味ですが、これはVISIにおける月状骨の関節面が向いている方向に由来します(図2)。VISI(掌側手根不安定性)では、月状骨の屈曲方向への不安定性が生じています(DISIよりも発生頻度は低い)。

図2 VISIのVolarは腹側(前方)という意味です。月状骨が脱臼し月状骨の関節面が前方(Volar)を向くため、このような不安定性をVISIと命名されています。

VISIに最も影響を与えるのが、掌側橈側手根靭帯(図3)と月状骨三角骨靭帯(図4)と言われています。(※4、7,8,9)これら2つの靭帯の中でも特に月状骨三角骨靭帯の機能低下(損傷や変性など)は、VISIの必要条件です(※4、5)。したがって、VISIは月状骨と三角骨の間の解離(Lunotriquetral dissociation = LTD)が必ず伴います(LTDが進行した状態がVISIと考えることができます)。また、掌側橈側手根靭帯の中では特に掌側有頭骨三角骨靭帯(図3)の機能低下が、VISIの直接的な原因となるという研究報告もあります。

(※1、2)以上をまとめると以下の靭帯の機能低下がVISIの要因と考えられます。

  1. 月状骨三角骨靭帯
  2. 掌側橈骨月状骨靭帯
  3. 掌側有頭骨三角骨靭帯
図3 掌側有頭骨三角骨靭帯と掌側橈骨手根靭帯
図4 月状骨三角骨靭帯

2.DISI(Dorsal intercalated segmental instability=背側手根不安定性)

DISIは橈骨、舟状骨、月状骨の間の靭帯の機能障害(傷害や変性など)によって引き起こされます。(※6) 舟状骨と月状骨の間には舟状骨月状骨靭帯があります(図5)が、この靭帯の断裂(手関節の過伸展が発生メカニズム)により月状骨の不安定性が起こります。

図5

手関節に伸展方向の負荷が加わることで、舟状骨月状骨靭帯の断裂と共に舟状骨月状骨関節の伸展変位が起こります。通常、舟状骨に対して月状骨は45°の角度に位置していますが(図6(A))、この角度が70°以上になると舟状骨月状骨靭帯の機能は完全に失われていると推測されます(図6(B))。

図6(A)舟状骨と月状骨が成す角度の正常値は30°から60°です(A)。
図6(B)舟状骨と月状骨の成す角度が70°以上の場合(B)、舟状骨月状骨離解となり、この関節において不安定性を示唆しています。

このように、月状骨が伸展方向への不安定性を示す場合をDISI(背側手根不安定性)と言います(DISIの名前の由来は図7参照)。DISIには月状骨の伸展変位以外に舟状骨の屈曲変位も伴います。したがって、DISIは舟状骨月状骨関節の不安定性(表1)の一つとも考えられます(表1においてステージ4から6がDISIとなります)。

DISIは舟状骨の骨折や舟状骨月状骨離解(Sapholunate dissociation)、また月状骨周囲脱臼(Perilunate dislocation)などのコンディションにおいて散見されます。

ステージ 靭帯
ステージ1 背側手根管靭帯と背側橈骨手根靭帯の部分断裂
ステージ2 掌側舟状骨月状骨靭帯の断裂
ステージ3 背側手根管靭帯の断裂(舟状骨と大菱形骨側の付着部)
ステージ4 背側舟状骨月状骨靭帯の断裂
ステージ5 背側手根管靭帯の断裂(月状骨側の付着部)
ステージ6 月状骨三角骨靭帯の完全断裂
表1 舟状骨月状骨関節の不安定性の6つのステージ(※3)
図7 DISIのDorsalは背側(後方)という意味です。月状骨が脱臼しその関節面が後方(Dorsal)を向くため、このような不安定性をDISIと命名されています。

3.尺側変位(Ulnar translocation)

尺側変位では、手根骨の一部もしくは全体が橈骨遠位端に対して尺側に変位しています。この不安定性では月状骨が尺側に変位し、尺骨の遠位に位置しています。そのため、土台となる橈骨を失った状態となっており、月状骨の重度の不安定性が現れます。リウマチ性関節炎やマーデルング変形において頻繁に認められる不安定性であり、物理的負荷(傷害)によって引き起こされることは稀です。また、しばしばVISIを併発しています。この不安定性には以下の二つのタイプがあります。

タイプⅠ(図8):手根骨全体が尺側に変位しています。それに伴い、橈骨茎状突起と舟状骨の間隔が広がっています。通常、橈骨舟状骨有頭骨靭帯と橈骨舟状骨靭帯の損傷が伴います(さらに橈骨月状骨靭帯の損傷が伴うこともある)。

図8 タイプⅠ:橈骨舟状骨有頭骨靭帯、橈骨舟状骨靭帯、橈骨月状骨靭帯の全てに断裂があり、手根骨全体が尺側に変位を起こしている。

タイプⅡ(図9:橈骨茎状突起と舟状骨の間隔は正常ですが、月状骨と舟状骨の間隔が広がっています。月状骨、三角骨、豆状骨が尺側に変位しています。橈骨舟状骨有頭骨靭帯と橈骨月状骨靭帯の損傷はありませんが、舟状骨月状骨靭帯は完全断裂を起こしています(舟状骨月状骨解離)。タイプⅡはタイプⅠと比較して予後経過が悪いケースが多いと言われています。

図9 タイプⅡ:舟状骨月状骨靭帯に断裂があり、月状骨と三角骨、豆状骨の尺側への変位がある。

【マーデルング変形】

先天性の手関節の変形です(そのため、両側で認められることが多い)。橈骨遠位端(尺側)の骨端軟骨の早期における閉鎖が原因です。6歳から15歳の女性に多く見られます。遠位橈尺関節の運動障害が引き起こされるため、前腕の回外・回内の疼痛を伴う可動域制限が主な症状となります。また、橈骨手根関節の運動障害も併発するため、特に手首の伸展時に動作痛が現れます。

4.後方サブラクセーション(Dorsal subluxation)

後方サブラクセーションでは、橈骨遠位端の後方変位が認められます。橈骨遠位端骨折後の変形治癒により、橈骨手根関節の変性が進行し可動域制限が起こります。症状の慢性化に伴い、二次的に手根中央関節に反復性の負荷が加わり、この関節の不安定性を引き起こします(不安定性は伸展方向へ生じる)。したがって、手根中央関節の不安定性は橈骨遠位端骨折の数カ月後に現れます。

後方サブラクセーションの二つの特徴
1. 橈骨遠位端の後方変位
2. 手根中央関節の不安定性


参考文献

1. Garth WP Jr, Hofammann DY, Rooks MD: Volar intercalated segment instability secondary to medial carpal ligamental laxity. Clin Orthop Relat Res 201: 94-105, 1995
2. Linscheid RL, Dobyns JH, Beabout JW, Bryan RS: Traumatic instability of the wrist: Diagnosis, classification, and pathomechanics. J Bone Joint Surg 54A: 1612-1632, 1972
3. Mitsuyasu H, Patterson RM, Shah MA, Buford WL, Iwamoto Y, Viegas SF: The role of the dorsal intercarpal ligament in dynamic and static scapholunate instability. J Hand Surg ;29A: 279–288,2004
4. Reagan DS, Linscheid RL, Dobyns JH: Lunotriquetral sprains. J Hand Surg 9A: 502-514, 1984
5. Taleisnik J, Malerich M, Prietto M: Palmar carpal instability secondary to dislocation of scaphoid and lunate: report of case and review of the literature. J Hand Surg 7B: 606-612, 1982
6. Taleisnik J: The Wrist. New York, Churchill Livingstone, 1985
7. Trumble TE, Bour CJ, Smith RJ et-al.: Kinematics of the ulnar carpus related to the volar intercalated segment instability pattern. J Hand Surg Am.; 15 (3): 384-92,1990
8. Trumble TE, Bour CJ, Smith RJ, Glisson RR: Kinematics of the ulnar carpus related to the volar intercalated segment instability pattern. J Hand Surg 15A: 384-392,1990
9. Viegas SF, Patterson RM, Peterson PD, et al.: Ulnar-sided perilunate instability: an anatomic and biomechanic study. J Hand Surg 15A: 268-278,1990






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