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  肘関節の安定化機構

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スポーツ・カイロプラクティック 肘関節の安定化機構2015.08.01

肘関節の安定化機構
カイロジャーナル68号(2010.6.24発行)より

肘関節は上腕骨、橈骨、尺骨の三つの骨によって形成されており、これらの骨により腕橈関節、腕尺関節、近位橈尺関節の三つの関節によって構成されています。さらにこれらの関節は滑膜、関節包によって閉じられている滑膜性関節に分類されます。腕尺関節は上腕骨滑車(上腕骨遠位端)と滑車切痕(尺骨近位端)、また腕橈関節は上腕骨小頭(上腕骨遠位端)と橈骨頭(橈骨近位端)が合わさることによりできる関節です。腕橈関節と腕尺関節では、屈曲と伸展が主要な運動となります。この運動の中心軸は、上腕骨滑車と上腕骨小頭を結ぶラインにあります。またわずかですが、肘関節の屈曲と伸展に伴い、内外方への運動(内転と外転)、内旋・外旋運動(尺骨が中心軸)も生じます。1これらのわずかな運動が肘関節の可動性に大きな影響を与えていることも非常に多いため、決して軽視することはできません。

近位橈尺関節は、橈骨頭と尺骨にある橈骨切痕の間で形成される関節です。この関節で生じる主要な運動は、回内と回外です。これらの運動は、橈骨頭の関節窩(橈骨小頭窩)の中心と尺骨頭(尺骨遠位端)とを結ぶ軸を中心として生じます。肘関節で生じる回内・回外運動は、固定された尺骨を中心に、橈骨がその周囲を運動すると理解されています。しかし最近の研究によると、橈骨が尺骨の周囲を運動するとき、尺骨遠位端も橈側に変位していることが明らかになっています。2.3

肘関節複合体の関節運動学

可動性を持つ関節には、その関節を動かす構造と安定化させるための構造があります。不安定性がある状態で関節を動かすことにより、痛みや不安定感、筋力低下などの症状が現れます。

関節内で生じる運動は、回転と滑りの二種類に分類することができます。関節で生じるこれらの運動の可動性は、その関節の「かみ合わせ」の具合によって異なります。つまり、かみ合わせが強い場合、可動性は制限されますし、逆に緩い場合は顕著な可動性が生じることになります。

瞬間回転中心(Instant centers of rotation=ICR)という考え方があります。ある瞬間における物体の運動は、ある一点を中心とする回転運動であり、ICRというのはその回転運動の中心のことです。肘関節の屈曲・伸展に伴うICRは、ほとんど変化がないことが先行研究によって明らかになっています。4この事実は、肘関節の屈曲・伸展運動に伴って生じる関節内の滑り運動が、ごくわずかであるということを示唆しています。臨床家にとって、このような運動学的な見識を持っていることは、非常に重要となります。肘関節に可動域制限が存在し、その問題の一部が関節内運動の制限であるとした場合、一般的には滑り運動がその原因となっている可能性は、極めて少ないということになります。

肘関節の受動的安定化機構

関節の安定性は、受動的または能動的安定化機構によって保たれています。受動的安定化機構には、関節面や関節包、靭帯などの非収縮性組織と呼ばれる構造が含まれます。肘関節では、関節のかみ合わせがその安定性の重要な要素となっています。尺骨近位端と橈骨頭の一部を除去することにより、肘関節に顕著な不安定性が生じることが、様々な先行研究において報告されています。5-7
橈骨頭の脱臼に伴い鈎状突起に骨折が生じた症例報告では、橈骨頭と鈎状突起が肘関節の安定性にいかに重要な役割を果たしているかについて明らかにされています。8.9

受動的安定化機構

受動的安定化機構に属する軟部組織には、関節包、内側側副靭帯、外側側副靱帯などがあります。関節包は関節の安定性には大きな影響はないと言われています。献体の肘関節にある関節包を除去した後、肘関節の関節可動域を測定した結果、その可動域には変化がなかったと報告されています。10
しかし肘関節の関節包は極度の伸展位もしくは屈曲位において、伸張が起こっているため、このような肢位において、関節の安定性に貢献していると思われます。また肘関節が80°屈曲位のときに、肘関節の関節包はもっとも弛緩しています。11そのため、傷害直後の急性期において肘関節に腫脹が認められる場合、肘関節が80°屈曲位に維持されていることになります。

1.内側側副靭帯複合体

内側側副靭帯複合体は、前部線維束、後部線維束、横部線維束の三つの線維束によって構成されています(図1)。前部線維束は内側側副靭帯複合体の中で、もっとも大きな線維束です。上腕骨内側上顆から鈎状突起まで伸びており、肘関節伸展位において外反力に抵抗します。12.13後部線維束は、上腕骨内側上顆から肘頭に伸びており、肘関節屈曲位において伸長(緊張)します。12.13横部線維束は、尺骨上の二点に付着部位を持っています。そのため肘関節の安定性には、大きな影響を及ぼしていないと思われます。

図1 内側側副靭帯複合体

2.外側側副靱帯複合体

外側側副靱帯複合体は二つの線維束によって構成されています(図2)。それらは、外側橈骨側副靭帯と外側尺骨側副靭帯です。外側橈骨側副靭帯は、上腕骨外側上顆から橈骨輪状靭帯へと伸びており、また外側尺骨側副靭帯は、上腕骨外側上顆から橈骨輪状靭帯、回外筋稜へと伸びています。14さらに外側側副靱帯複合体には、橈骨輪状靭帯から回外筋稜に伸びる副外側側副靱帯を含める場合もあります。14外側橈骨側副靭帯は、さらに前部、中部、後部の三つの部位に分けることができます。中部は肘関節のポジションに関係なく外反力に抵抗しますが、前部は肘関節が伸展位のとき、そして後部は屈曲位の時に外反力に対して特に強い抵抗力を示します。一方、外側尺骨側副靭帯は肘関節屈曲位において伸長(緊張)する傾向があります。14側副靭帯は尺骨の回旋(内旋/外旋)の制限要素でもあります。O’Driscoll SWの献体を使った研究によると、正常な肘関節における尺骨の回旋可動域は、外旋が約10°、内旋が約5°であると報告されています。15

肘関節の回旋不安定性の一つに後外方回旋不安定性(Posterolateral rotatory instability=PLRI)があります。PLRIは前腕回外位において、肘関節伸展位のまま手をついて転倒したときに発生します。15.16PLRIでは、尺骨と橈骨に同時に外旋が生じています。この不安定性は進行性であり、そのまま放置しておくと慢性化してしまう傾向があります。尺骨の外旋変位を制限する構造として、もっとも重要なものとして外側尺骨側副靭帯が示唆されています。17.18よって外旋方向への不安定性の改善や予防のためには、外側尺骨側副靭帯の機能改善が重要であると言えます。

図2 外側側副靱帯複合体

3.橈骨輪状靭帯

橈骨輪状靭帯は橈骨頭の周囲を覆っており、尺骨にある橈骨切痕の前縁、後縁に付着部位を持っています。この靭帯は前腕に下方への牽引力が作用したときに、橈骨頭が下方へサブラクゼーション(亜脱臼)を起こすのを防いでいます。14また橈骨輪状靭帯は、PLRIの発生も防いでいると言われています。19

4.前腕骨間膜

前腕骨間膜は尺骨と橈骨を結合している軟部組織です。線維の走行は、橈骨から尺骨に向かって内下方に斜めに伸びています。前腕回内位において下方への牽引力が作用したときに、前腕骨間膜はもっとも弛緩した状態にあります。この軟部組織の主要な運動学的機能は、その線維の走行と強い関連性があります。20腕立て伏せを行うときのように、手を床に着いたとき、手関節には圧迫力が作用しますが、このときの圧迫力の90%は手関節を介して橈骨遠位端に伝達されます。21このように上肢に圧迫力(近位方向への負荷)が加わるとき、前腕骨間膜は伸張(緊張)した状態になります(図3)。骨間膜が伸張することにより、その力の一部は尺骨に伝達され、力の分散が起こります。それにより橈骨頭の関節面に過剰な圧迫力が作用するのを防いでいます。よって骨間膜に機能低下がある場合、手関節に圧迫力が作用すると前腕部において力の分散が起こらず、橈骨頭には過剰な圧迫力が作用することになります(橈骨の上方変位)。以上のことから、前腕骨間膜の機能低下によって生じる障害には、以下のようなことが考えられます。

  1. 三角線維軟骨複合体(Triangular Fibrocartilage Complex=TFCC)傷害
  2. 橈骨頭の骨折
  3. 腕橈関節の変形性関節症

橈骨に上方変位が起こると、相対的に+Ulnar varianceとなります(図5)。このとき三角線維軟骨複合体には、通常よりも大きな負荷が加わっていることになり、傷害リスクが高くなります(TFCC傷害)。またこの状態が慢性化することにより、TFCCを構成している構造の一つである関節半月の変性が進行することがあります。橈骨頭の骨折や腕橈関節の変形性関節症は、+Ulnar varianceによって生じる橈骨頭への圧迫力の増加から理解することができます。しかし前腕回外位において、上肢長軸方向に対し圧迫力が作用した場合、前腕骨間膜は緊張が保たれているため、橈骨の過剰な上方変位が生じにくいと考えられます。そのため、このようなケースでは橈骨頭骨折の傷害リスクは低いと言うことができます。22しかしながら、Takatoriらの献体を用いた研究によると、前腕回外位において上肢に圧迫力を加えた場合、肘関節外側(橈骨頭)に大きな圧迫力が加わり、前腕中立位または回内位においては、肘関節内側(尺骨側)に大きな圧迫力が加わったと報告されています。彼らによると、前腕回外位では肘関節は外反位になるため、外側に負荷がかかりやすい傾向があり、逆に回内位ではそのような傾向が軽減するためであろうと考察しています。23

手に何か物を持った時のように、前腕部に牽引力が作用したとき、前腕骨間膜は弛緩します(図4)。従って、前腕骨間膜が尺骨と橈骨を固定する機能はまったく働いていないため、このままだと橈骨は尺骨に対して遠位方向に変位することになります(図6 -Ulnar variance)。しかし、このような状況において橈骨が遠位方向に変位するのを防いでいる構造には、橈骨輪状靭帯と腕橈骨筋の二つが存在します。つまりこれらの軟部組織の機能が正常であれば、橈骨が遠位方向に変位(脱臼や亜脱臼)することはありません。

図3 手からの圧迫力の90%は橈骨手根関節を介して橈骨に伝達されます。この力により前腕骨間膜は伸張されるため、その一部は尺骨に分散されることになります。
図4 前腕部に牽引力が作用した場合、前腕骨間膜は弛緩するため、その力は尺骨には分散されません。そのため橈骨には遠位方向に変位しますが、腕橈骨筋が緊張することにより、その変位が起こるのを防いでいます。

肘関節の能動的安定化機構

肘関節を交差している筋肉には、上腕三頭筋、肘筋、上腕二頭筋、上腕筋、腕橈骨筋、手関節伸展筋群、回外筋、手関節屈曲筋群、円回内筋があります。これらの筋肉が適度に収縮することにより、肘関節には圧迫力が作用し、関節の安定性が増すことになります。

Morreyらは、上腕二頭筋、腕橈骨筋、上腕三頭筋の肘関節外反安定性に対する影響について研究しています。24
彼らの研究報告によると、肘関節の内側側副靭帯複合体に機能低下がある場合、これらの筋肉により生じる関節への圧迫力が、肘関節の外反安定性により顕著に貢献することとなるとしています。別の研究によると、尺側手根屈筋(Flexor carpi ulnaris=FCU)が、肘関節の動的外反安定性に重要な役割を果たしていると報告されています。25
また肘関節の外反不安定性を持つ野球の投手では、前腕の屈筋群、円回内筋の筋活動に低下が認められていることから、これらの筋肉が動的安定性に重要な役割を持っている可能性があります。26また外側側副靱帯に機能低下がある場合(損傷や変性などにより)、肘関節の内反不安定性が生じますが、この不安定性は前腕回内位において顕著に改善されることがわかっています。この事実は肘関節内反不安定性を持つ患者のリハビリテーションにおいて、それをより安全かつ効果的に行うために利用できる知識でもあります。

屈筋回内筋複合体

ここまで述べてきたように、前腕の屈筋群と回内筋群は肘関節内側の安定性にとって、重要な構造であることが理解できたと思います。解剖学的、運動学的な研究においても、屈筋回内筋複合体が動的安定化構造として、重要な役割を果たしていることが実証されています。25 運動学的研究によると、肘関節の屈曲・伸展を行う際、撓側手根屈筋、尺側手根屈筋、浅指屈筋の三つの筋群が、肘関節内側の安定性に重要な構造あることが示唆されています。またDavidsonらの研究によると、尺側手根屈筋と浅指屈筋は、投球モーションの間、解剖学的に肘関節内側の安定性にとって優位な場所に位置していることが報告されています。25さらに最近のParkらの研究では、屈曲回内筋複合体、特に尺側手根屈筋と浅指屈筋の適度な収縮が、肘外反角を軽減させることが明らかになっています。最後に筋電計を使った研究では、屈筋回内筋複合体が、投球動作における肘関節の動的安定化構造としての機能を持っていることが確認されています。26

参考文献
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