<第21回>「「椎間板ヘルニアガイドライン」の不可解」カイロプラクティックジャーナル

  <第21回>「「椎間板ヘルニアガイドライン」の不可解」

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痛み学NOTE <第21回>「「椎間板ヘルニアガイドライン」の不可解」2011.06.26

カイロジャーナル71号 (2011.06.26発行)より

日本整形外科学会は、日常の診療で頻繁に遭遇する疾患と重要度の高い11の疾患を選び、2002年にその診療ガイドラインの作成に着手した。そして2005年には、「腰部椎間板ヘルニア」をはじめとする5疾患の診療ガイドラインが出版されている。

その「腰椎椎間板ヘルニア・ガイドライン」の前文には、「患者と主治医がよりよい解決策を探っていこうとするときに、その手引きとして傍らにあるのが診療ガイドライン」とある。つまりは診断基準ということであるが、最初に腰椎椎間板ヘルニアの突出が坐骨神経痛を引起し得ると考えたのは、1911年のGoldthwaitに遡る。ところが、腰部椎間板ヘルニアという診断名が統一されたものではないことに気づいた。そんな事情から診断基準として提示されたのが、表1に示したものである。

表1 腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会提唱の診断基準
1 腰・下肢痛を有する(主に片側、ないしは片側優位)
2 安静時にも症状を有する
3 SLRテストは70°以下陽性(ただし高齢者では絶対条件ではない)
4 MRIなど画像所見で椎間板の突出がみられ、脊柱管狭窄所見を合併していない
5 症状と画像所見とが一致する

この診断基準によれば、腰部椎間板ヘルニアに特有の症状は腰・下肢痛ということになっている。麻痺症状はどこにも出てこない。ならば、ヘルニアで麻痺を起こすことはないのだろう。ヘルニアで痛みが起る生理学的機序も明らかでなく、そのうえ麻痺も起こさないとなれば、結果的にヘルニアは無害だということにならないのだろうか。実際、無症候性のヘルニアに関する論文や報告も多いのである。

この状況を整形外科医なら知らないはずはない。にもかかわらず臨床の現場では、ヘルニアを下肢痛の原因とする診断がなくなる気配すらない。それは兎ともかくとして、SLRはヘルニア診断にとても有用な所見らしい。なにしろ、「推奨度B」に挙げられている。ところが、「神経学的所見としてヘルニアに特異的なものはない」とさらに注釈を付けているのだ。一方ではそう言いながら、「SLR70度以下陽性」とする項目をしっかりと診断基準に挙げている。その根拠はどこにあるのだろう? 確かにSLRは神経学的所見を診るものではない。股関節や仙腸関節周辺の軟部組織のスパズムや緊張の亢進を示しはするが、坐骨神経との関与については否定的な意見もある。

項目4に至っては、椎間板の病理所見だけが注目されている。椎間板突出と脊柱管狭窄の両者の画像所見が同時に診られたら、何を基準にして分類するのだろう。おそらく、続いての項目5の「症状と画像所見が一致する」と言うのだろうが、画像所見はあくまでも病理所見を診るものであって、電気信号としての痛み症状を読影できるものではない。そもそも画像に一致する症状とは、どんな症状なのか。不合理なことが、臆面もなく書かれているのである。

では、下肢痛は椎間板ヘルニアに必発の症状なのだろうか。「推奨度C」とする注釈では、「腰痛のみで下肢痛を認めない椎間板ヘルニアの症例が存在する」としている。さらに続けて「坐骨神経痛は膨隆型に比べて脱出型椎間板ヘルニアにより強く認められ、発現機序としては圧迫より炎症との関連が考えられる」のだそうだ。つまりは椎間板ヘルニアの痛みは、髄核からの種々の炎症起因物質が関与した炎症症状だとする新興の仮説に含みを持たせているのである。

しかし、どんな仮説を持ち出してみようとも、受容器でもない神経根や軸索が炎症物質をどのように受容するのかを検証してみせなければならない。それも正常な神経で実証することが絶対条件となる。

椎間板ヘルニアなるものが「痛み」を生むのか、あるいは「麻痺」をつくるのか、それとも全く無症候性なのか、ガイドラインづくりの前に徹底的な生理学的検証や議論が必要なのではなかろうか。病理的分析ばかりしていても、本質を見誤りかねないだろう。このような診断基準で、「患者と主治医がよりよい解決策を探って」いけるとは到底思えない。このガイドラインには、ただ不可解さが残るだけである。


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