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スポーツ・カイロプラクティック 肩関節複合体のバイオメカニクス2015.08.05

肩関節複合体のバイオメカニクス
カイロジャーナル72号(2011.10.28発行)より

イントロダクション

上腕骨頭と肩甲骨(関節窩)の関節面は、理想的な形状をしていません。そのため、関節面がかみ合うことによる関節の安定性は、それほど強くありません。肩甲上腕関節の安定性は、線維軟骨性の関節唇に加え、関節包靭帯複合体によって強化されています。これらの他動的安定化構造の上層には、ローテーターカフが覆い、さらに関節の安定化に貢献しています。ローテーターカフは、肩甲上腕関節の動的安定性だけではなく、静的安定性にも重要な役割を果たしています。

関節面による安定性

肩甲上腕関節の関節面の形状は、運動の方向によってその安定性が大きく変化します。上腕骨頭の関節面は、30度後方に向いています。上腕骨頭と関節窩の関節面は、最大で30%しか接することがありません。このことは、肩甲上腕関節の不安定性の大きさを示しています。関節窩の中心部にある関節軟骨は、もっとも薄くなっており、この領域のことをAssaki結節と呼んでいます。また関節窩の周囲には関節唇があり、関節窩の深さを増加させ(〜50%)、関節の安定性に大変重要な役割を果たしています。

関節包とその上層部を覆う靭帯(関節包靭帯複合体)も、肩甲上腕関節の安定性にとって非常に重要な構造です。関節内の内圧が負に保たれることにより、上腕骨頭の過剰な運動を制限しています2。イトイらの研究によると、関節窩にある関節軟骨が21%以上摩耗することにより、関節周辺にある軟部組織(関節包や靭帯など)が完全に治癒したとしても、関節の不安定性は残る可能性が高いと結論しています4,5。上腕骨頭の脱臼に伴い生じることがある傷害にヒルサックス病変(Hill-Sachs lesion)があります。ヒルサックス病変は、上腕骨頭の前方への不安定性を増加させます。

筋肉による安定性

1.肩甲骨周辺筋群

肩甲上腕関節の安定性は、肩甲骨周辺にある筋群によっても影響を受けています。しかし、広背筋、僧帽筋、三角筋などの大きな筋肉は、関節に運動を生じさせることが、その重要な役割となっています。肩甲骨と胸郭によって形成されている関節は、肩甲胸郭関節と呼ばれています。この関節は、胸郭後面と肩甲骨前面によって構成されている生理的関節です12

肩甲骨には14個の筋肉が起始を持っています。肩甲胸郭関節の運動にとって重要な筋肉には、僧帽筋、肩甲挙筋、菱形筋、前鋸筋、小胸筋、鎖骨下筋などがあります。これらの中で最も重要なのが前鋸筋と僧帽筋です。この前鋸筋は、肩甲骨の内側縁を胸郭に押さえつける役割を持っています。また僧帽筋は、肩甲骨の上方回旋と挙上を行い、肩甲胸郭関節が肩甲上腕関節と連動するのを助けています。これら二つの筋肉の機能障害により、異なるパターンの翼状肩甲骨症が生じます。

肩甲骨の解剖学的中立位は、胸郭に対して30度内旋位、3度外転位、そして前方に20度前傾しています。われわれは日常生活において、肩甲骨の内旋を15度しか使っていません。したがって、肩甲骨の可動域制限は、多くの場合、内旋と伸展で生じます7

肩甲胸郭関節は、肩甲上腕関節の外転、特に120度以上において重要な役割を果たしています12。肩甲胸郭関節と肩甲上腕関節の連動を肩甲上腕リズムと呼んでいます7。これら二つの関節の連動比は2:1と言われています11。肩甲上腕関節に多方向の不安定性がある場合、連動比は大きくなり、インピンジメント症候群がある場合、連動比は小さくなります7,11

肩甲上腕リズムの異常により、肩甲上腕関節には様々な障害が発生します。前鋸筋や肩甲下筋の機能低下により、野球のピッチャーにおいて、ローテーターカフ腱炎のリスクが高くなるという研究報告があります6

インピンジメント症候群(ローテーターカフ腱炎)は、肩甲上腕関節の運動に伴い、上腕骨頭にある大結節と烏口肩峰アーチの間において、ローテーターカフ腱(棘上筋腱)が何度も挟まれることによって生じます。また上腕二頭筋長頭腱が影響を受けている場合もあります。したがってインピンジメント症候群によって生じる痛みは、これらの腱の炎症によるものと思われます。したがって、肩甲胸郭関節の運動障害の改善(安定化)は、ローテーターカフ腱炎の患者にとって重要な治療(リハビリテーション)の一つとなります。

2.ローテーターカフ

ローテーターカフは、棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋の四つの筋肉の総称です。これらは、肩甲上腕関節の安定化にとって非常に重要な筋群です。また、関節運動の中心に近い部位にあり、その下層にある関節包靭帯複合体と協働して作用します。解剖学的には、すべてのローテーターカフは停止部において関節包と癒合部位があります。

ローテーターカフは、肩甲上腕関節の運動時、上腕骨頭のポジションの微調整を行っています。腱や関節包、靭帯などに存在する感覚受容器からのフィードバックを基に微調整は行われています。肩甲下筋が短縮性収縮を起こすと、肩甲上腕関節には内旋が生じ、伸張性収縮を起こすと、肩甲上腕関節の外旋を制限します。同時に下関節上腕靱帯複合体(下関節上腕靱帯+関節包下部)にも、その緊張が伝達されます。

野球の投球時では、終期コッキング期において、肩甲上腕関節に最大外旋が生じます。このとき、肩甲下筋には伸張性収縮が起こっており、さらに下関節上腕靱帯複合体は伸張されています。肩甲下筋の機能低下がある投手が、反復して投球を行うことで下関節上腕靱帯複合体が何度も伸張され、非傷害性の不安定性の原因となります。

ローテーターカフは、上腕骨頭を関節窩に圧迫させる作用も持っています(特に棘上筋)。上腕骨頭が関節窩にしっかりと圧迫されることで、関節の運動中心が安定し、関節間の摩擦軽減にもつながります。ローテーターカフの正常な機能、関節周辺軟部組織に密に存在する機械受容器、さらに関節唇による圧迫効果によって、肩甲上腕関節の安定性は保たれています。

さらに、この関節の安定性に重要な役割を担っている構造にローテーターインターバル(=Rotator interva;RI)。RIは棘上筋腱と肩甲下筋腱の間の領域のことを指します。この領域には、烏口上腕靭帯、上関節上腕靭帯、さらに関節包があります。RIの機能低下により、上腕骨頭の下方への不安定性が増加します。特に肩が内旋位において、関節内圧の減少が生じる傾向があるため、上腕骨頭の下方不安定性は悪化します。肩が外旋位のときは、烏口上腕靭帯が機能低下したRIの代償を行うため、ある程度の安定性は維持されます。

ローテーターカフ 解剖 特徴
棘上筋
  • 停止付近の腱幅の平均値は、14.7mm
  • 停止部の面積の平均値は1.55cm2
  • 肩甲上腕関節外転の最初の90°において強い収縮
  • 上腕骨頭を関節窩へと圧迫し、関節を安定化
棘下筋
  • 停止部の面積の平均値は1.76 cm2
  • 肩甲上腕関節外転時における、上腕骨頭の下方滑りを促す
  • 投球のフォロースルー期において大きな伸張負荷(筋腱部の骨化)
小円筋
  • 外側腋下裂を形成
  • 肩甲上腕関節外転時における、上腕骨頭の下方滑りを促す
  • 腋窩神経の圧迫(外側腋下裂症候群)
肩甲下筋
  • 筋腱部は三角筋大胸筋三角で触診可能
  • ローテーターカフ唯一の内旋筋

靭帯による安定性

関節上腕靭帯は、中間可動域において常に弛緩しており、最終可動域に近づくにつれて、緊張(伸張)していきます。したがって、この靭帯による肩甲上腕関節の安定性は、最終可動域(挙上位)において、より効果的に作用していることになります。

関節上腕靭帯は、三つの部位に分類されます(上、中、下)。それぞれの部位は、肩甲上腕関節の運動において、その安定性を維持するために重要な役割を果たしています3。特に関節包下部は損傷を受けやすい部位であるため、その上層を覆っている下関節上腕靱帯も同時に損傷を受けます。下関節上腕靱帯の損傷は、起始もしくは中間部位で発生することが多く、停止で発生することはまれです。この靭帯の損傷により、上腕骨頭には前下方の不安定性が発生します。

また、この部位の損傷は誤診される傾向があるので注意が必要です。肩外旋位において、下関節上腕靱帯は伸張しますが、同時に関節包後部にも伸張が生じます。これにより、肩外旋時に上腕骨頭は後方へわずかに変位を起こします。したがって、下関節上腕靱帯に機能障害がある場合、肩の外旋に伴い上腕骨頭の後方への変位が起こらず、逆に前方変位を起こしてしまうことになります(上腕骨頭の前方不安定性)。

烏口上腕靭帯は、肩甲上腕関節の後下方への安定性に貢献しています。肩内転位では、特に下方へ上腕骨頭が変位するのを防ぎ、外旋位において伸張が起こります。また下関節上腕靱帯と比べ約3倍の強度があると言われています。

関節唇による安定性

関節内圧が負に保たれることにより、上腕骨頭は関節窩にしっかりと圧迫されています。関節唇は、関節内圧を負に維持するための大変重要な構造です。この構造は、関節窩の周囲を覆っている線維軟骨性の組織であり、その上部において上腕二頭筋長頭腱と癒合しています。また関節唇は、関節窩の窪みを深くし(約50%)、さらに吸引効果と合わせて、肩甲上腕関節を安定化させています9

肩甲上腕関節は外転位において、より不安定性が高まる傾向があります8。さらに関節唇を損傷すると、全可動域において平均10%程度の不安定性が発生することがわかっています。特に下方への不安定性は顕著に現れます。これらの事実は、上腕骨頭の前下方脱臼の発生メカニズムを裏づけていることがわかります。下方への不安定性が顕著になるのは、関節唇の弾性に起因しています。関節唇下部は線維性軟骨の延長構造であるため、伸縮性に乏しい構造となっています。そのため、損傷による不安定性の影響を受けやすいと言えます。

上腕二頭筋長頭腱による安定性

上腕二頭筋長頭腱も肩甲上腕関節の安定性にとって重要な構造です。また上腕骨頭が上方に変位するのを防いでいます。そのため、上腕二頭筋長頭腱の障害(機能低下)に伴い、関節周辺にある軟部組織(関節包、関節上腕靱帯、ローテーターカフ等)への負荷が増すのと同時に、上腕骨頭の上方変位が生じます。このことを裏づけるリサーチとして、上腕二頭筋長頭腱を断裂している患者が、肩の自動的外転を行ったところ、上腕骨頭の上方変位が生じたというのがあります1,7

つまり、上腕二頭筋長頭腱の機能低下は、肩のインピンジメント症候群を引き起こす可能性が高いことがわかります。さらに、上腕二頭筋長頭腱は上腕骨頭の前後方向への安定性にも重要な役割を果たしています。これは、特に肩関節外旋位において顕著となります。

上腕二頭筋長頭腱は起始部(上関節突起)に近づくにつれ、線維軟骨性の組織へと変化していきます(上腕三頭筋長頭腱も同様10。そして起始部では関節唇と癒合しています。上腕二頭筋長頭腱に関わりがある疾患にSLAP(=Superior Labral tear from Anterior to Posterior)病変があります。SLAP病変とは、関節唇上部の損傷のことを言います。そのため、SLAP病変では関節唇上部の損傷以外に、上腕二頭筋長頭腱の断裂が生じています。オーバーヘッド・スローイングによって引き起こされるケースが多くなります。

参考文献
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  3. Burkart AC, Debski RE: Anatomy and function of the glenohumeral ligaments in anterior shoulder instability. Clin Orthop Relat Res;400:32?9,2002
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  10. Huber, W.P. and R.V. Putz: Periarticular fiber system of the shoulder joint. Arthroscopy 13(6): p. 680-91,1997
  11. Inman VT, Saunders JBDCM, Abbott LC: Observations on the function of the shoulder joint. J Bone Joint Surg ;26:1?30,1944
  12. Terry GC, Chopp TM: Functional anatomy of the shoulder. J Athlet Train;35(3):248?55,2000
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