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スポーツ・カイロプラクティック 肩関節複合体のバイオメカニクス2015.08.07

肩関節複合体のバイオメカニクス
カイロジャーナル74号(2012.6.26発行)より

肩関節には大きな機械的負荷が加わるため、強固な安定性が要求されます。その一方で関節可動域の自由度が非常に大きくなっています。肩関節の運動は、肩甲上腕関節、肩甲胸郭関節、肩鎖関節、胸鎖関節の4つの関節が連動することにより発生します。3これらの関節の中でもっとも自由度が大きいのが肩甲上腕関節です。他の3つの関節における可動性は肩甲上腕関節に比べ小さいですが、これらの関節は特に最大挙上位に近付くに従って、運動が顕著となってきます。11

肩関節の可動域へ影響を及ぼす要因には様々なものがあります。年齢や性別の他に靱帯や関節包等、軟部組織の状態、さらに姿勢も肩関節の可動域へ影響を及ぼします。姿勢の問題として特に重要なのが、胸椎の過剰後弯曲とそれに伴って発生する肩甲骨の外転です。このような姿勢のとき、肩関節の可動域は制限を受けます。ここでは肩関節複合体のバイオメカニクスを各関節に分けて解説していきます。

肩関節複合体

  1. 肩甲上腕関節
  2. 肩甲胸郭関節
  3. 肩鎖関節
  4. 胸鎖関節

肩甲上腕関節のバイオメカニクス

1. 解剖

肩甲上腕関節は上腕骨頭と肩甲骨(関節窩)が合わさることによって構成されています。解剖学的には球関節に分類されます。上腕骨頭の半径は37mmから55mm程度ありますが、それに対して関節窩は約2mmの深さしかありません。7従って、骨による安定性はそれほど強くありません。それを補う構造として関節唇があります。関節唇により肩甲上腕関節の安定性が強化されています。また、関節窩はやや前方に向いているため、上腕骨頭の後方変位(脱臼)を防いでいます。そのため、上腕骨頭の脱臼は98%の確率で前方に発生します。15このように肩甲上腕関節は、骨による安定性が弱いため、靱帯や関節包にその安定性を依存しています。

肩甲上腕関節を交差している強力な靱帯に関節上腕靱帯があります。関節上腕靱帯は上、中、下の3つの靱帯によって構成されています。基本的には関節包が肥厚したものであり、関節包靱帯(複合体)とも呼ばれています。上関節上腕靭帯は、上関節突起から関節唇に沿って起始を持ち、それが小結節の近位部にまで伸びています。外転時に上腕骨頭が下方へ変位しないように制限する役割を持っています。7,8,17,19中関節上腕靭帯も上関節突起に起始を持っており、それが肩甲下筋腱と癒合しながら小結節へと伸びています。この靱帯は上関節上腕靭帯と比べ大きく強力な構造を持っており、上腕骨頭が過剰に前方へ変位するのを制限しています。6,8,13,14下関節上腕靱帯は関節唇前部を覆っています。関節上腕靱帯の中で最も強力であり、肩甲上腕関節の安定性にとって重要な靱帯です。この靱帯は解剖学的に前部線維束、後部線維束、腋窩陥凹の3つの部分に分類することができます。9前部線維束と後部線維束は関節包が肥厚したものです。9起始は関節窩から関節唇にあり、停止は上腕骨の解剖頚にあります。前部線維束は上腕骨頭の関節面に向かって下方に伸びています。一方、後部線維束は上方に向かって走行しており、上腕骨頭を下側から支えている受け皿のような機能を持っています。この機能は、特に肩関節が外転位のときと外旋位のときに重要となります。1,4,5,10,12,16-18,20下関節上腕靱帯は、上腕骨頭の前方と下方への変位に対して抵抗する機能を持ち、これは特に肩関節外転位において強力に働きます。

2. 関節運動学

上腕骨頭は凸関節面、肩甲骨の関節窩は凹関節面を持っています。肩甲骨側を固定した場合の上腕骨頭の運動の中心軸は、おおよそ上腕骨頭の中心にあります。肩関節に外転が生じるとき、中心軸から外側の部分(上腕骨の本体)と中心軸から内側の部分(関節面)との2つのレバーアームの反対方向への運動と考えることができます(図1)。

図1

一方、上腕骨頭側を固定し肩甲骨の外転が生じた場合、レバーアームは運動軸と上腕骨頭の関節面の間にあります。肩甲骨の関節窩のように凹状の関節面側の骨が動くときは、レバーアームは1つだけになります(図2)。また肩甲骨が上腕骨頭に対して外転するとき、その運動軸は上腕骨頭の中心になります。このように、運動軸に対し運動が生じる骨(肩甲骨)と関節面(関節窩)が同じ側にある場合、これらの運動ベクトルは同一になります。

図2

肩甲上腕関節の運動に伴い、上腕骨頭には以下の二つの運動が発生しています。上肢挙上時には、上腕骨頭は上方への回転と下方への滑りが発生しています。

  1. 回転
  2. 滑り

滑り運動に制限がある場合、その代償作用として回転運動が過剰になります。2このように回転運動が過剰に生じている場合、運動軸はより関節面へと変位しており、上腕骨全体がこの運動におけるレバーアームとなっています(図3)。この異常な運動パターンは、構造的には関節周辺の軟部組織の状態に起因しています。特に関節包の部分的な硬縮は、異常な運動パターンの原因となります。

図3A. 正常な上腕骨頭の運動
肩関節外転時、運動軸の外側で上腕骨頭の上方回転が発生し、内側では下方滑りが理想的な比率で発生しています。運動軸が上腕骨頭の中心にあることにより、2つのレバーアームが存在しています。

図3B. 異常な上腕骨頭の運動
関節包の部分的硬縮等により、上腕骨頭の正常な運動が阻害されている場合、このように運動軸は関節面へと近づきます。そのため、肩関節外転時には、上方回転が過剰に発生し、早期におけるインピンジメントが発生してしまいます。

参考文献
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  5. 5. McKernan DJ, Fu FH: Shoulder biomechanics, in McGinty JB, Caspari RB, Jackson RW, Poehling GG (eds). Operative Arthroscopy. New York, NY, Raven, pp 443-451,1990
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  7. 7. Morrey BF, An K-H: Biomechanics of the shoulder, in Rockwood CA Jr, Matsen FA llI (eds): The Shoulder, vol 1.. Philadelphia, PA, Saunders, pp 208-243,1990
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  10. 10. Perry J: Anatomy and biomechanics of the shoulder in throwing, swimming, gymnastics, and tennis.. Clin Sports Med 2:247-270,1983
  11. 11. Perry l: Biomechanics of the shoulder, in Rowe CR (ed): The Shoulder.. New York, NY, Churchill Livingstone, pp 1-15,1988
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  16. 16. Tullos HS, King JW: Throwing mechanism in sports.. Orthop Clin North Am 4:709-720,1973
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  18. 18. Warner JP, Deng XH, Warren RF: Superior-inferior translation in the intact and vented glenohumeral joint.. American Shoulder and Elbow Surgeons,1991
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  20. 20. Weitbrecht J (Kaplan EB, trans): Syndesmology; or, a description of the ligaments of the human body.. Philadelphia, PA, Saunders,1969
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