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スポーツ・カイロプラクティック 肩甲胸郭関節2015.08.08

肩甲胸郭関節
カイロジャーナル75号(2012.11.14発行)より

機能解剖学

肩甲胸郭関節は肩甲骨と胸郭(肋骨)によって構成されている生理学的関節です。肩甲上腕関節や肩鎖関節、胸鎖関節のような滑膜性関節とは異なり、骨と骨がしっかりとかみ合うことで、その安定性が保たれている関節ではありません。上肢の挙上時、肩甲骨は上腕骨の運動に連動します(肩甲上腕リズム)。2,3,6このとき、肩甲骨は上腕骨頭の基盤となっています。そのため、肩甲骨が胸郭上で不安定な場合、上腕骨頭の運動障害が引き起こされ、インピンジメント症候群等の問題が発生します。

胸郭上における肩甲骨のポジションは胸郭の形状に影響を受けますが、それ以上に肩甲骨周辺にある軟部組織から強い影響を受けています。肩甲骨のポジションに影響を与えている外在筋群(Extrinsic muscles)は、肩甲骨、鎖骨、また上腕骨から脊椎の各部位に向かって走行しています。特に僧帽筋、菱形筋、肩甲挙筋、前鋸筋、小胸筋は、肩甲骨に付着部位を持っている筋肉であるので、その状態に直接的に影響を及ぼします。また、広背筋や大胸筋は、肩甲骨に付着部位を持っていないため、間接的な影響にとどまります。これらの筋群の中でも特に僧帽筋や肩甲挙筋、前鋸筋は胸郭上における肩甲骨の安定性にとって重要な役割を果たしており、その機能低下は肩甲骨内側縁の不安定性の要因になります(翼状肩甲骨)。

表1 肩甲骨外在筋群の機能
筋肉 機能
僧帽筋(上部、中部、下部) 肩甲骨の内転(後退)
前鋸筋 肩甲骨の外転、上方回旋
菱形筋 肩甲骨の内転、下方回旋
肩甲挙筋 肩甲骨の挙上
小胸筋 肩甲骨の下制、前傾
大胸筋 肩甲骨の外転(前突)
上腕骨の屈曲、内旋、水平内転
広背筋 肩甲骨の内転、下方回旋
上腕骨の伸展、内転、内旋
表2 肩甲骨内在筋群の機能
筋肉 機能
三角筋(前部、中部、後部) 前部:上腕骨の屈曲、内旋
中部:上腕骨の外転
後部:上腕骨の伸展、外旋
大円筋 上腕骨の伸展、内旋
肩甲下筋 上腕骨の内旋
棘上筋 上腕骨の外転
棘下筋 上腕骨の外旋
小円筋 上腕骨の外旋
烏口腕筋 上腕骨の屈曲

関節運動学

肩甲骨の運動は、胸郭面に沿う滑り運動と肩鎖関節を運動軸とする回旋運動に分類できます。これらの運動は単独で起こることはなく、これら2種類の運動の組み合わせで起こります。滑り運動には、挙上/下制と外転/内転(前突/後退)の2種類があります(表3)。中立位(休息位)において、肩甲骨の外側縁は内側縁よりも前方にあります(内旋位)。このとき、肩甲骨は前額断面の前方約30°の断面にあり11、この断面は肩甲断面と呼ばれています。また、肩甲骨の回旋運動は、上方回旋/下方回旋、内旋/外旋、前傾/後傾の3種類です(表3、

表3 肩甲骨の運動の分類
滑り運動 回旋運動
1. 挙上/下制
2. 外転/内転(前突/後退)
1. 上方回旋/下方回旋
2. 内旋/外旋
3. 前傾/後傾
図1-1

図1-2

図1-3

図1 肩甲骨の回旋運動

上肢の挙上に伴い、肩甲骨は上方回旋していきますが、さらに外旋と後傾も起こります。8しかし、インピンジメント症候群の患者では、これらの肩甲骨の運動に制限が認められます。上肢の挙上に伴い、肩甲骨の後傾制限がある場合、鎖骨遠位端の後方回旋が制限されています。そのため、鎖骨の上方への変位が不十分になり、肩峰下スペースに狭窄が生じます(図2)。4,5,10

図2 肩甲骨の運動障害に起因するインピンジメント症候群発生のメカニズム

SICK肩甲骨症候群

異常な変位

SICKは、Scapular malposition, Inferior medial border prominence, Coracoid pain and malposition, dysKinesis of scapular movementの頭文字を取って命名されています(表4)。この症候群の特徴は、利き手側の肩甲骨が中立位において下制位に変位していることです。このような肩甲骨の変位には、いくつかの原因が考えられます。一つ目は、肩甲骨周辺筋群の機能低下です。前鋸筋や菱形筋、僧坊筋などの機能低下により、肩甲骨に不安定性が生じているケースです。次に関節の運動障害があります。特に肩甲骨の回旋運動(図1参照)は、肩鎖関節の状態によって大きな影響を受けます。さらに、固有受容感覚(Proprioception)の異常があります。これは、中立位における肩甲骨のポジション(関節位置覚)、また運動時における肩甲骨の安定性(運動覚)に問題が生じています(表5)。これらは全て肩甲骨の運動障害の原因となり得ます(図3参照)。

異常な運動パターン

SICK肩甲骨症候群に見られる肩甲骨の運動障害(異常な運動パターン)は、上肢の運動(挙上)に伴う肩甲骨の突出部位によって3つに分類できます。タイプ1とタイプ2は関節唇に損傷があるケースで認められることが多く、タイプ3はインピンジメント症候群やローテーターカフの傷害が主な原因となります(表6)。

症状

患者の主訴は肩関節前部と上部の痛み、肩甲骨後上部の痛み、上腕近位外側部の痛みです。また、肩甲骨後上部から同側頚部への関連痛や胸郭出口症候群の症状(同側上肢から前腕、手にかけての関連痛)を訴えるケースも見られます(表7)。これらの自覚症状は徐々に現れてくる傾向があります。上記の主訴の中でもっともよく見られるのが、肩関節前部の痛みです。特に烏口突起の痛みが特徴的であり、この部位には鋭い圧痛が触診されます(烏口突起の圧痛は、その外側よりも内側において触診されますが、この部位は小胸筋の停止となっています)。肩甲骨後上部の痛みは、次に多く見られる主訴です。また、上腕近位外側部(肩峰下)の痛みと肩関節上部の痛みは比較的まれな症状です。

メカニズム

SICK肩甲骨症候群の患者の肩甲骨は、前傾に加え外転に変位しています。従って、烏口突起は前下方、さらに外方へ変位しています。このとき、烏口突起に付着部位を持つ小胸筋と上腕二頭筋短頭は緊張(伸張)していますが、これらの筋肉の緊張は肩甲骨の異常変位をさらに促しています。肩甲骨の前傾変位の原因として考えられるのが、前鋸筋の機能低下と小胸筋の硬縮です。特にインピンジメント症候群や上肢の挙上を過剰に反復する傾向のある患者に多く認められます。1,7,9また肩甲骨後上部痛を訴える患者の場合、特に肩甲骨上角に強い圧痛が触診される傾向があります。これは、肩甲骨の異常変位に伴い、肩甲挙筋が慢性的に伸張され緊張した結果として生じています。上腕近位外側部(肩峰下)の痛みも肩甲骨の異常な運動パターンが原因となっています。上肢挙上に伴い、鎖骨遠位端は挙上し、さらに後方回旋が起こりますが、このとき肩甲骨には後傾が発生します。鎖骨遠位端の後方回旋と肩甲骨の後傾が生じることで、肩峰下スペースが確保され、インピンジメントの発生が回避されています(図4)。しかし、SICK肩甲骨症候群の患者の場合、肩甲骨の後傾制限があるため、上肢挙上に伴いインピンジメントが発生します。これが肩峰下痛の原因となります。最後に胸郭出口症候群の症状についてですが、これは肩甲骨の下制と前傾に伴い、鎖骨遠位端が前下方に変位することで鎖骨下のスペース(第1肋骨と鎖骨の間)が狭窄することが原因となります。

表4
SICK 意味
Scapular malposition 肩甲骨の異常変位
Inferior medial border prominence 肩甲骨下内側縁の突出
Coracoid pain and malposition 烏口突起の圧痛と異常変位
dysKinesis of scapular movement 肩甲骨の運動障害
表5 肩甲骨の異常変位の原因
  1. 肩甲骨周辺筋群の機能低下
  2. 関節の運動障害
  3. 固有受容感覚の異常
図3
表6 上肢挙上に伴う肩甲骨の異常な運動パターンとその主な原因
タイプ 異常な運動パターン 主な原因
タイプ1 下内側縁 関節唇損傷
タイプ2 内側縁 関節唇損傷
タイプ3 上内側縁 インピンジメント症候群、ローテーターカフ傷害
表7 SICK肩甲骨症候群で認められる主な症状(好発順)
  1. 肩関節前部(烏口突起)の痛み
  2. 肩甲骨後上部の痛み
  3. 上腕近位外側部(肩峰下)の痛み
  4. 肩関節上部の痛み
  5. 胸郭出口症候群の症状
図4 正常な肩甲骨の運動パターンにおけるインピンジメント回避のメカニズム
参考文献
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