再考 医業類似行為 中カイロプラクティックジャーナル

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再考 医業類似行為 中

60年(昭和35年)判例の威力
カイロジャーナル88号 (2017.2.19発行)より

前号は、明治から昭和の戦後までの医業類似行為の法整備にまつわる歴史の流れを追った。今号では、医業類似行為に関する唯一の最高裁判決で、その後の医業類似行為のあり方に多大な影響を与え続けている1960年(昭和35年)判決を詳しく見ていく。

問われた罪は?

争点となったのは、福島県であん摩師、はり師、きゅう師(以下、あはき師)、柔道整復師のいずれの資格を持たず、また療術既存業者としての届出も行っていない者が、電気療法を業としたことが「あん摩師、はり師、きゅう師及び柔道整復師法」(以下、あはき旧法=注)に違反するかどうかである。電気療法は、HS式無熱高周波療法で、被告は51年9月1~4日まで4回にわたり、自宅等で3人に対してこの療法を行い、1回につき百円の料金を徴収した。これが、あはき旧法12条(何人も、1条に揚げるものを除くほか、医業類似行為を行ってはならない)、14条(12条を含む規定に違反した者は、5千円以下の罰金に処する)により禁止されている無資格での医業類似行為を業としたことになるとして、53年に福島県平簡易裁判所が、罰金千円(執行猶予3年)の判決を言い渡した。

被告人の後藤博氏は1911年(明治44年)茨城県生まれで、かつては常磐炭鉱に勤めた。人の健康に強い関心があり、療術の講習を受け、福島県に在住していた。

高裁で控訴棄却

後藤氏はこの判決を不服とし、仙台高等裁判所へ控訴した。このとき控訴理由として「自分の施した療法は、いささかも人体に危害を与えず、保健衛生上にも何らの悪影響をも及ぼさず、しかも相当の治療効果を上げ得るものであるから、これを業とすることは少しも公共の福祉に反するものでなく、憲法第22条の保障する、職業選択の自由の範囲内に留まるものである」と主張し、憲法論議への道筋をつくった。

仙台高裁は「あはき旧法が医業類似行為を業とすることを禁止している趣旨は、かかる行為はときに人体に危害を生ぜしめる場合もあり、たとえ積極的にそのような危害を生ぜしめないまでも、人をして正当な医療を受ける概念を失わせ、ひいて疾病の治療回復の時期を遅らせる如き恐れ有り、これを自由に放任することは、正当な医療の普及徹底ならびに公共の保健衛生の改善向上のため望ましくない。いわゆる職業の自由は公共の福祉に反しない範囲においてのみ認められる」として、54年控訴を棄却した。

憲法訴訟として最高裁へ

後藤氏は「自分の施した療法は、何ら危険はなくかつ有効無害であり公共の福祉に貢献しているのであるから、かかる職業に対し、あはき旧法を適用して処罰するのであれば、同法は憲法第22条に違反する無効なものであり、自分の行為は罪とはならないものである」として最高裁判所へ上告した。

この判決が有名な60年(昭和35年)判例である。「医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのは、人の健康に害を及ぼす恐れのある業務行為に限局する趣旨と解しなければならない」が、禁止処罰自体は「公共の福祉上必要であるから12条、14条は憲法22条に反するものではない」として最高裁は原判決を破棄、仙台高裁へ差し戻した。

裁判官の反対意見

この判決は、9人の多数派意見によるもので、田中耕太郎裁判長を含む3人は反対意見を述べた。その主な内容には「我々は、医業類似行為を業とする法律による処罰が『人の健康に害を及ぼす恐れのある業務行為に限局する趣旨』のものとする多数派意見に賛成することはできない。棄却すべきものと考える」「有害無害は一概に判断できない場合が多く、無害といえでも取締り対象となることがあるのはやむを得ない。このような画一性は法の特色とするところであり、有害の恐れの有無の認定は不必要である」「医業類似行為を資格なくして業として行うことを放置することは、公共衛生に有害無害であるとの保障もなく、正常な医療を受ける機会を失わせる恐れがある。禁止は公共の福祉のため必要であり、職業選択の自由を不当に制限したとは言えない」などが含まれる。

被告人の上告趣旨には「如何なる理由によってあん摩師等のみの営業存続を認め、他の一切の医業類似行為を全面的に禁止したか」との疑問も記されていた。しかし判決文の中にその回答は全く含まれなかった。

差し戻し判

最高裁は、ただ職業として施術を行った事実だけであはき旧法12条に違反したと即断したのは、法律の解釈を誤ったか、理由不備の違法があるとして、後藤氏の療法が有害かどうかを判断しなかったことを問題とした。仙台高裁での差し戻し裁判では、HS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼす恐れがあると判断され、63年7月有罪となった。後藤氏は再度の上告をしたが棄却され、有罪判決が確定した。  

無資格で届出業者でもない後藤氏に組織の後ろ盾はない。自分の仕事は「有効無害で福祉に貢献している」との信念だけを支えにたった一人で立ち向かった12年間に及ぶ裁判闘争だった。

後藤氏は敗訴したが、氏の起こした訴訟は業界に底知れぬ影響を与えた。「有害の恐れのない医業類似行為は禁止、処罰の対象にはならない」という全く新しい基準ができ、半世紀以上経った現在でも全く覆されることのないまま営業権の根拠とされているのである。

厚生省の見解

60年1月にあった最高裁判決を受け、厚生省は同年3月に都道府県知事あてに医務局長通知として「いわゆる無届医業類似行為に関する最高裁判所の判決について」と題し「この判決に対する当局の見解」を示した。
3項目からなる通知の要旨は次のようなものである。

  1. この判決は、医業類似行為業、すなわち、手技、温熱、電気、光線、刺激等の療術行為について判示したものであって、あはき及び柔道整復の業に関しては判断していないものであるから、これらを無免許で業として行えば、あはき旧法により処罰の対象となると解される。従って、無免許者の取締りは、従来通りである。無届の医業類似行為は医師法違反の恐れもあるので注意する。
  2. 判決は、医業類似行為で禁止処罰の対象となるのは、人の健康に害を及ぼす恐れのある業務に限局されると判示し、実際に禁止処罰を行うには、施術を行った事実認定だけでなく、人の健康に害を及ぼす恐れがあるとの認定が必要であるとしている。当該医業類似行為の施術が医学的観点から少しでも人体に危害を及ぼす恐れがあれば、人の健康に害を及ぼす恐れがあるものとして禁止処罰の対象となるものと解される。
  3. 判決は、あはき旧法第19条に規定する届出医業類似行為業者については判示していないことから、これらの業者の当該業務に関する取り扱いは従来通りである。

届出医業類似行為とは

ここで再度、届出医業類似行為についてまとめる。届出とは、あはき旧法により、医師および、あはき師、柔道整復師の免許のない者は、医業類似行為を業としてはならない(12条)が、法律公布時に医業類似行為を3カ月以上業としていた者で、都道府県知事に届け出た者は、当該医業類似行為を業とすることができる(19条)との規定である。届け出する資格があったのは、47年の公布時に当該医業類似行為を行っていた者だけなので、それ以後新たにカイロプラクティックやオステオパシー、その他のあらゆる医業類似行為を開業することは、法律違反とされたのである。

届出の有効期限撤廃

48年の施行時に、この届出営業は、55年までの期限付きとされ、特例試験を受けることであん摩師免許取得が容易にできるように配慮された。その後法改正の度に期限が延長され、64年の改正で、期限が撤廃され、無期限での営業が可能になった。また、手技療法資格があん摩師のみからあん摩マッサージ指圧師(あまし)に広げられた。

これにより、届出をした人は生涯にわたり職業とすることが認められた。しかし新たな届出は認められず、手技療法に関してはあまし以外で開業することはあはき法12条により禁止されている。

現実と法律の乖離

あはき法12条「何人も第1条に揚げるもの(あまし、はり、きゅう、柔道整復)を除く外、医業類似行為をしてはならない」は、療術側の反対運動も虚しく、健在である。にもかかわらず現在様々な手技療法の自由営業が許されているのは「医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのは、人の健康に害を及ぼす恐れのある業務行為に限局する趣旨と解」すべきとの後藤氏の最高裁判例があるからだ。たった1件の判例が法律条文を骨抜きにしながら、その後半世紀以上経ってもその条文改正も、新たな立法もないのが現実である。後藤氏の判決以降、12条違反の医業類似行為の取締りはほとんどないという。

専門家はこの状況をどう見ているのか。『法学セミナー』誌で東北大学准教授の米村滋人氏は「この最高裁判決に対しては、学説において当初は賛否両論が存在したものの、現在では反対説が有力である。問題は、それ自体は『有害無益』な療法等を規制対象に含めるべきか否かであるが、現在では『有益無害』な行為も消極的弊害を惹起する場合にはあはき法12条の禁止行為に含めるべきであるとの見解が多い。…現在ではほとんど放任状態の法定4業務以外の医業類似行為にも規制を及ぼすべきであろう」と述べている(※2)。

次回は、この「ほとんど放任状態の医業類似行為」によって起こった重大事件について取り上げたい。


注 あはき旧法:あはき法は、47年(昭和22年)制定以来改定が繰り返されたが、64年の改正で医業類似行為の届出に関する規定とその届出の有効期限が記された19条が削除された。本記事では、64年(昭和39年)の改正以前をあはき旧法、以後をあはき法として区別して記す。

参考文献
※1全療協45年史編纂委員会(1994年)『全療協45年史』全国療術師協会
※2米村滋人(2012)「医療行政法(4)医療法上の医療制度・医業類似行為」『法学セミナー』2012年10号,108-112頁

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